結晶世界

ジェイムス・グラハム・バラード『結晶世界』中村保男 創元推理文庫 1966年 読了。木や川、鳥や虫、船や家、人間までもが光を湛えた氷のような鉱物に結晶してゆく世界のお話。

「わたしたちの一人一人が各自の肉体的および時間的な同一性というか素姓を手ばなせば、その直接の結果として、不死性という贈り物がすぐに手に入るのです」

一方はもう一方の裏面に他ならない。生と死、光と闇、出会いと別れ… その両面が融け合わさることで結晶し時間の牢獄から解放される。水晶化した体に宝石をあてると、その水晶部分が潮解するという描写があるが、これは時間による治療である。宝石は途方もない年月をかけて出来上がったものであるから、時間が失われ析出される結晶への特効薬となったのだろう。この結晶化を恐れ、逃げ惑う人々だけではなく、嬉々として受け入れる人々も現れる。結晶化は誰にでも平等に与えられる不死性であるから、有難がる人々の気持ちもわかる。

誰もが皆、死を受け入れるために生きている。避けようのない終着までの道程で、あるものは子孫を、あるものは写真を残すことによって、死を自らに馴染ませてゆく。これらはある意味で不死性を会得することに他ならなくて、結晶することと似ている。

自分はいつになったら死んでもいいと思えるだろうか。完全に死を馴染ませて逝ける人は少ない気がする。満足して死ぬために、今日も不満を目や口や鼻や耳の穴からどろりと垂れ流しながら、生きている。

関係ないけど、「大丈夫」って言葉、大嫌い。みじめったらしくて、能天気で、いらいらする。時に言葉は本来の意味から別離し、安っぽい承認欲求をせっせと満たす奴隷へと成り下がる。自戒を込めて。

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